父は三十代から糖尿病を患っています。
決して太っているわけでなく、
当時の仕事の激務とストレスからで、
一時期はインシュリン注射を自分で打っていました。
薬剤師という仕事柄、
食事制限と節制の甲斐があって、
八十八歳になる今でも
副作用もなく、元気に暮らしています。
父が糖尿病になってからは特に、
我が家は、
夜、外食に出かけることはありませんでした。
苦し紛れに(のように聞こえました)
「帰るときになんだかさびしいからだ」と
父は言っていました。
母は、
「たまには外で食べて楽をさせてもらいたい」
と、よく不満を口にしていました。
確かに女性はそう思いますよ。
でも、そのおかげで私は、
毎晩母の美味しいご飯を食べて育ちました。
決して特別凝った料理ではありませんが、
「美味しい」料理でした。
煮物、酢の物、天ぷら、漬物…
全てが手作りで色とりどり。
そして…
量も多い。
「たくさん作らないと美味しくない」
というのが母の持論で、
この後誰かお客さんでも来るの?と聞きたいくらい
テーブルにはたくさんの料理が載りました。
その影響か、
私もついつい作りすぎて、
息子から「多いよ!」と言われています。
たくさん作らないと、足らないときに困るから。
これも、母の、そして、私の持論です(笑)
先日帰省した時に、息子が
「お母さんの料理で一番美味しかったのは、
コロッケだよ」と言いました。
私はハンバーグだと思っていたので
意外だと言うと、
「ジャガイモがゴロゴロザクザクしていたのが良かった」
のだそうです(笑)
でも、正直ホッとしました。
私はてっきり、
「お母さんよりおばあさんの料理」と言われると
覚悟していたので。
そう言うと、
そりゃ、おばあさんの料理は美味いよ、と
言い始めたので、聞かないようにしていました(笑)
私が子どもの頃、
私はいつも「お腹すいたー」と帰ってきたらしく、
「またウチの腹減り虫が帰ってきた」と
母によく言われました。
そのくせ、そんなに量を食べるわけでもなく、
すぐに「お腹いっぱい〜〜」と言っては、
「もうお腹いっぱいなの?」と言われていました。
懐かしい思い出です。
今でも、我が家はほとんど家族で外食はしません。
もちろん、父が外で食べられるものが
限られているということもありますが、
ウチで飲んで、食べて、喋り倒して、
ひっくり返って(笑)片付けて寝ます。
せっかく息子が京都にいるというのに、
たまに私が京都に行っても、
一日くらいは外でお酒を飲みますが、
後の日は「今夜は僕が作るよ」というように
私と交互に台所に立ちます。
食文化に詳しいわけでもなければ、
決してこだわりがあるわけでもなく、
味付けも適当で、
毎回味が違うと父に言われてますが、
でも、みんなで食卓を囲んで、
「ごちそうさま」って言うのは
やっぱり幸せです。
美味しいご飯を食べられること。
私の元気の源です。
アー、色気がないなあ。